東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)8号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
そこで本件検査が右患者二名の診療上必要なものであり、本件検査について右の各半定量検査の点数に相当する診療報酬の請求が可能であるか否かにつき判断する。
1 <証拠>によれば、次の事実が認められる。
尿中物質の検査としては対象物質の存在を知る定性検査と対象物質の量的判定を行う定量検査とが区別されそれぞれの検査方法が考案されていたが、昭和三〇年代に実用化された試験紙による検査が普及するにつれこれが対象物質の存在のみならずある程度の量的測定も可能であるところから定性検査と定量検査の中間に位置づけられるものとして半定量検査と呼ばれ、点数表のうえでもこれに独自の点数が与えられることとなつたこと、試験紙法による尿中物質の検査は糖や蛋白のほか診療のうえで検知することの有効な物質や尿の性質等につきそれぞれ短時間で反応する試薬を含ませた紙片を一本のテープに順次貼布し尿中に暫時浸して各紙片の変色の比色表と対比するというもので、昭和四〇年代には尿検査の方法として定着し定性検査として知られる検査方法は医療の現場からは姿を消したこと、けだしたとえば尿糖の定性検査の方法であるニーランデル法やベネディクト法は試験管中の尿に試薬を滴下しこれを加熱して色の変化を観察するものであり、また尿蛋白の定性検査の方法であるスルホサリチル酸法や煮沸法なども同様に試薬の滴下や加熱を要するのであつて、いずれも相当量の尿の採取が必要であり、また数分またはそれ以上の時間と手間を要するのに対し、試験紙法による検査はテープを暫時少量の尿中に浸すだけで足り本件検査で用いられたヘマコンビスティックスは蛋白については瞬時に糖については三〇秒で結果が判明するのであり、取扱いが著しく簡易となつており、ニーランデル法などが診療上検知されることが有効なブドウ糖以外の糖や薬剤にも反応したりスルホサリチル酸法が混濁尿には効果を発揮しがたいのに対して試験紙法にはかかる欠点はなく対象物質のみに確実に反応する正確さをもつほか、尿糖・蛋白のみならず潜血、ペーハーの測定など同時に多項目の検査を迅速に行うことができ、かつ価額も低廉であるという特長をもつからであること、しかし、右のように試験紙による半定量検査が定性検査と定量検査の折衷的機能を有しているため、尿中の糖・蛋白の半定量検査の結果陰性の判定がされた場合の診療報酬の取扱いは必らずしも明確でなく、被告においては被告主張の統一見解、すなわち陰性の判定がされた場合は尿糖・蛋白の定性検査とみなし、半定量検査としての点数を与えない扱いがとられていたのに対し、大阪府においてはすでに昭和四三年末頃からスクリーニングテストとしての尿糖・蛋白の半定量検査の請求があれば、病名との関連なしに、また判定の結果が陰性であつてもこれを認容する扱いがとられており、全国的にみると後者の取扱いが多数であること、尿中物質の検査方法の以上のような画期的な進歩は当然に点数表の改正をもたらし、昭和五六年六月一日に至り試験紙法による尿検査は右のような理由から診察料一般に包含されることとなり診察料の点数が引上げられるのと引換えに独自に点数が与えられなくなつたこと、以上の事実が認められこれを覆すに足りる証拠はない。
2 ところで<証拠>によれば、医師が患者の診療にあたつて初診時のみならずある程度継続的に尿検査を行うことは病状の判定のためのスクリーニングテストとしてあるいは治療方針の決定のために必要不可欠であるが、石井及び小日向はいずれも高齢であり、その傷病名はそれぞれ「本態性高血圧、冠不全、インフルエンザ」及び「球結膜下出血、インフルエンザ」であるところ(この事実は当事者間に争いがない。)、インフルエンザに罹患した患者には一過性の尿蛋白の出現がみられること、インフルエンザに有効な抗生物質のうちには腎機能に障害のある者への投与に慎重を期すべきものがあること、本態性高血圧は腎の病変に起因するものなど原因の明らかな高血圧症との鑑別を要するほか、それ自体腎の障害を惹起するおそれがあり、また降圧剤のうちには糖尿病患者への慎重な投与を要求されるものがあること、高血圧症が存在する場合には繰り返し糖尿病を探索する必要があること、結膜下出血は高血圧、腎炎、糖尿病に起因することがあることなどから、右患者両名の診療にあたつては尿検査とりわけ尿糖・蛋白の検査が必須であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
したがつて原告が右患者二名に対し尿糖・蛋白の検査の必要を認めたのはレセプトの記載のみから判断してもきわめて妥当、当然であつたといえるが、そのために試験紙を用いて検査を実施したことも当時の医療水準からみて合理的であつたというべきである。
3 原告は、尿検査の必要が認められて試験紙による検査が実施された場合には半定量検査の必要が認められたものであるから、半定量検査としての点数が与えられるべきであると主張し、これに対し被告は、いわゆる「統一見解」に基づき、同じ試験紙による尿検査が行われても定性検査の必要性しかない場合とすすんで半定量検査の必要性もある場合とがあるはずであり半定量検査の必要が認められなければその費用は診療報酬の支払いの対象とはならないが、本件検査はいずれも半定量検査の必要がないのに実施されたものである、と主張し、岩井証人の証言中には右主張にそう部分がある。
しかしながら、被告の右主張は、論理上半定量検査の必要性は定性検査の結果により対象物質の存在が確認されてはじめて生じるのであり半定量検査を先行させるべきであるとの考え方を背景にしているが、前認定のとおり試験紙法が尿検査の方法として一般化し、それが医学水準にかなつた方法であることが是認されている以上、まず定性検査を実施すべきであるとか、あるいは半定量検査のうち定性検査に相当する部分を分離し、論理的に先後を付するなどということはおよそ尿検査の実態にそわないものであるといわなければならない。さらに坂岸証人及び曲渕証人の証言によれば、尿の定性検査、半定量検査は検査の原理・方法を異にし、単純な検査方法としての価値序列をつけることはできず、まず定性検査を実施し、しかる後に半定量検査を実施すべきであるという合理性はないことが認められるから、病名と検査結果から結果的にみて定性検査で足りたと認められる場合であつても、前認定のように定性検査は行われておらず、試験紙法による半定量検査が定性検査の機能をも含むものとして一般的に実施されている以上、医学上尿糖・蛋白の検査の必要が認められれば試験紙法による検査、すなわち半定量検査の必要性を認めて妨げないというべきである。また、坂岸証人、曲渕証人及び小島証人の各証言によれば、臨床病理学において検査は一般にただ病名を付けるためだけではなく、処置の妥当性、患者の予後のためにも実施されるべきであり、尿検査についていえば、たとえ尿糖・蛋白の検査結果が陰性であるとしても、診断上右の結果に重要な意味のある場合もあるし、また初診時のスクリーニングテストとしての必要性もあることが認められるから、被告の主張する病内一致の原則を基本的には首肯することができるとしても、レセプトの病名欄の記載だけでなく、その他の記載、さらにレセプトの記載から診療上の必要性が客観的に看取されえないときは当該医師に照会するなどして検査の必要性を判断すべきである。のみならず<証拠>によれば、「統一見解」は全国技師技官会議における厚生省の回答ではあるが日本医師会の疑義解釈委員会の議を経るに至らなかつたことから同省の公式見解とはされず、「統一見解」に則つて審査を行つている地域は東京都のほか数県を数えるにすぎないことが認められるのであるから、「統一見解」を診療報酬の支払いについての基準とする根拠も見出せない。岩井証人の証言中右認定に反する部分は採用することができない。
したがつて被告の右主張は採用できない。
4 以上の理由によれば、本件検査は、担当規則二〇条一号ニの規定に照らし石井及び小日向の診療上必要なものと認められるから、原告は被告に対し本件検査が尿中物質の半定量検査に該当するものとしてその診療報酬の支払いを求めうるものというべきである。そうすると被告は原告に対し本件減点に係る二五五円及び本件追加減点に係る一七〇円の合計四二五円の支払義務がある。
(時岡泰 満田明彦 菊池徹)